老犬の無駄吠え

僕は犬を飼っている。

柴犬の雄で2002年頃に飼い始めた。現在の年齢は人間に例えると80歳ぐらいになるらしい。

その犬が、今年の初めぐらいから後ろ足の筋肉が衰えて歩行が困難になった。栄養が届かなくなって足が細くなってしまった。元気な頃は1時間近く散歩に行っていたが、今は近くの公園でフラフラヨタヨタと彷徨う程度になってしまった。

犬は歩く時も真っ直ぐ歩くことはできずに、反時計周りにぐるぐる回ってしまう。

そして2月頃から自力で立ち上がることすら困難になり、無駄吠えが始まった。

寝っ転がりながら足をパタパタさせクンクン、キャンキャン、と悲鳴をあげてしまう。時にはギャーンと絶叫することがある。起き上がらせてあげてもすぐバランスを崩して寝っ転がってしまう。そして再び悲鳴をあげ始める。

犬が静かになるのは寝てる時とエサを食べる時。目覚めると再び叫び始める。夜中でもお構いなしだ。

鳴き始めたら、取り合えず起こして家の周りや近くの公園で散歩させる。後ろ足が不自由だからすぐ転倒してしまうがすかさず何度も起こしてあげる。とにかく犬の気が済むまで散歩させる。

無駄吠えの原因はよく分からんが、きっと犬なりに不自由な自らの体にストレスを感じているのだろう。目覚めている時は昼夜問わず無駄吠えをするようになってしまった。時にはうんこや小便を垂れ流すこともある。

それらに対応する僕や父は精神的にとても疲弊してしまった。 気の休まる時がない。夜中でもおかまいなしに犬は吠える。僕ら人間は寝不足になる。

ネットで調べてみると老犬の夜中の無駄吠えを抑えるためには「昼間に寝かせないこと」とあるが、僕の父は定年退職こそしているが、室外で飼っていることもあり、さすがに犬のそばにずっと一緒に付いてやることは出来ないため、この対応は不可能だ。

老犬の無駄吠えが始まって以来、僕と父はあまり遠出がしずらくなった。いつ吠えだすかわからないし近隣住民への迷惑になる。生活パターンがすっかり変わってしまった。こまったものだ。

 

アリ対猪木 アメリカから見た世界格闘史の特異点 を読んだ感想

「アリ対猪木 アメリカから見た世界格闘史の特異点 ジョシュ グロス」をやっとこさ読み終えた。

この本は1976年6月26日に行われた「モハメドアリ対アントニオ猪木」について主にアメリカ人視点から描かれたノンフィクション本である。

「アリ対猪木」の試合については、日本人が書いた書籍を何冊か読んだことはあるが、あくまでそれは日本側の視点であり、今回は初めてアメリカ側の視点で書かれた本を読んでみた。

本にはアメリカでのボクサー対レスラーの長い歴史、アメリカのプロレス、ゴージャスジョージ、日本のプロレス、力道山、モハメドアリ、アントニオ猪木ビンス・マクマホン・ジュニア、など沢山の事柄や人物が登場する。

肝心の試合についても、成立にいたる経緯やルール問題、ラウンドごとの解説、アメリカでの観客達の反応、が分かりやすく丁寧に描写されている。

解説は柳澤健が書いているが、彼の著作である「1976年のアントニオ猪木」を併せて読んだ方が良いと思う。物語、登場人物がかなり重複していて、知識の予習復習補完をすることができる。柳澤自身もこの本は「1976年のモハメドアリ」と明言している。

試合自体はラウンド毎にアメリカ人視点で詳細に解説している。試合中のアリやセコンド達のやり取り、アメリカ側の放送席の反応を知ることができて、読んでいて引き込まれた。英語の分からない僕にとっては日本語への書籍化は本当に嬉しい。

ただ本を読んでいて気になった点がある。それはアリ一行が来日した後に通訳のケン田島に対して「いつ試合の練習をするんだ?」と確認するエピソードがこの本には記載されていない、ということ。要はこれはアリは来日するまでプロレスをするつもりだった、という重要な(少なくとも僕にとっては)証言であり、日本側のどの書籍にも記載されているのではないだろうか。

この本によると、試合の数か月前にはアリはたしかにプロレスをするつもりだったがビンス・マクマホン・シニアが「負け役」を提案した際にアリに拒否された、とある。アリは来日前から真剣勝負をするつもりだった、というニュアンスで物語は進行しているのだ。

はたしてアリは来日前に既に真剣勝負をするつもりだったのか、それとも来日後にプロレスから気持ちを切り替えたのか。(興味ない人にとってはどうでもいいんだろうが)日本側とアメリカ側で認識が食い違っている。

アリとケン田島とのエピソードはなぜこの本に記載されていないのだろうか。ジョシュ・グロス氏の取材不足なのか日本側のねつ造か、それともアリに恥はかかせてはいけないという一種の配慮なのかもしれない。プロレスをするつもりで来日していたとしたら何だかアリが間抜けに見えてしまうだろう。

あと試合には関係ないが、気になった箇所はp194-195に書かれている、プロレスラー鈴木健三のwwe参戦についてだ。

当初鈴木健三はwwe参戦の際に昭和天皇の曾孫「ヒロヒト」のギミックで売り込まれる予定で、宣伝映像がテレビに流されたが、結局このアングルは急遽中止になってしまった。

理由は日本の皇室関係者が激怒して「wweを日本から追放する」と脅してきた、と本には記している。

皇室関係者とは、具体的に誰なのか。日本の皇室はそんなにも影響力があるのか。日本にwweがいまいち浸透しないのはもしかしてこれが遠因の一つなのかな、と妙な妄想までしてしまった。さりげなく日本のタブーに触れてしまっているのではないのだろうか。

ともあれこの「アリ対猪木 ジョシュ・グロス」。 p355もある分厚い本だ。一回読んだだけでは飽きることはない。今後何回も読み返すことになるだろう。1800円+税の料金分の元は十分取れるはずだ。

 

アジア系技能実習生 その3

僕は自動車部品製造の工場に勤めている。

先日、朝礼で課長から全職員に対して「2月分の生産性が落ちている」と注意を受けた。先月の1時間当たりの生産量がガタ落ちという。

僕の工場では、生産者(労働者)が部品を自動溶接機にセットして、溶接し終えた製品を生産者が目視点検して、問題がなければパレットの積んでいくという手順を踏んでいる。

製品にもよるが、一人当たり平均1時間60個作れる計算にはなっているが、2月分は50~55ぐらいしか作れていないらしい。

課長は生産性が落ちている原因を、生産者達の仕事のやり方に問題がある、とみていた。

セットの仕方、目視点検の仕方が人によってバラバラなのだ。素早く効率よく行っている人のやり方を参考にしよう、ということになった。

課長がビデオカメラやストップウォッチで一人一人の作業スピードを記録していった。で、最優良モデルに選ばれたのがベトナム人労働者のやり方だった。

職場には現在ベトナム人労働者が4名いる。みんな20代だ。そのうちの1人の作業方法、セットの仕方、目視点検の仕方がベストと会社内で判断された。

さっそくみんな会議室に集まって上映会をした。カメラで録画していた動画をチェックだ。ベトナム人の作業方法をみんなで研究した。

結果判明したのは、そのベトナム人は手先がとても器用で無駄がない動きをしていた。例えば日本人が右手で一個一個部品をセットする箇所でも、彼は器用に両手を使って作業していた。目視点検でも効率よく素早い動作をしていた。

で、彼の真似をしようとしたが、僕を含めて日本人は誰一人真似が出来なかった。両手を使うのは無理だった。改善できる部分はあったが、彼らベトナム人のほうが効率よく素早く作業をしていた。

本来ならば日本人が彼らベトナム人に仕事を教えていかなければならないが、いつの間にか立場が変わりつつある。これからは我々日本人は彼らベトナム人から学んでいかなければならない。

 

 

 

 

本音で生きる 堀江貴文 を読んだ感想

この本に書かれている大まかな概要は以下の通りである。 

 

思っている事は遠慮しないで相手に言おう。

陰口や仲間外れは無視しろ。

「お金がないからできない」「時間がないからできない」「自分には才能がない」と         いう言い訳はやめろ。とりあえずやってみろ。

仕事も家庭も趣味もバランスの取れる生活は不可能だ。仕事が充実すれば家庭は疎かになってしまうが、それはしょうがない。

「孤独が不安」という理由で結婚はしいほうがいい。

プライドのないバカが一番強い。

ノリのよさでチャンスをつかめ。

「最適化」を繰り返せ。無駄がないか常に問いかけろ。

隙間時間はスマホを使って有効な時間に変えよう。

自分の能力には限界があるので、積極的に外注しよう。

いろいろな情報を浴びよう。

成功している人の真似をして自分なりに改善していこう。

何をすれば相手が喜ぶのか考えて尽くす。それは後に自分に返ってくる。

この世の中でもっとも貴重な資源は、時間。 

結局世の中には「やる奴」と「やらない奴」。

 

以上がこの本の大まかな概要だ。

はっきりいってこれらの事は巷にあふれている自己啓発本やビジネス書に記載されている内容だ。概要だけで判断すると目新しいものは、ない。

しかし僕はけっしてホリエモンさんを卑下しているわけではない。

きっと世の中の成功者の方々は特別なことはしておらず、シンプルな努力の積み重ねで地位を築いたのだろう。

この本にはホリエモンさんの思考や考え方や実体験が記載されており、僕の要領の悪い頭では1回読んだだけでは完全には理解できない。繰り返し繰り返し読み込み、さらに月日を経て色々な経験をした後に再度本書を読み返した結果、「なるほどな」「そういうことだったのか」とようやく著者ホリエモンさんからのメッセージを受け取ることができるのではないだろうか。

そのなかでも僕の胸に強く響いた箇所が二か所ある。

一箇所目はP93の『「自分がバカ」であることを知っている人は、強いのだ』の箇所だ。記述されている事柄に深く共感してしまった。ほぼ同じ体験をしたことがあるのだ。

自動車部品製造の夜間勤務時に機械が突然動かなくなってしまったことがある。いつもはチームリーダーに修理してもらうのだが夜勤帯はいない。そこですぐの別の機械に詳しい社員に助けを求めれば良かったのだが、その社員というのは僕よりも年下なのだ。

年下に助けを求めるのは何となくかっこ悪い、と変なプライドが働いてしまい、何とか自力で解決策を探そうと思ってしまった。

機械故障の原因を僕なりに見当をつけてその箇所のセンサーを交換したのだが機械は作動しなかった。結局しかたなしに年下の社員に相談すると彼はものの5分ぐらいで原因を探り当てあっさり機械を復旧させてしまった。僕は30分ぐらい悪戦苦闘したというのに。

不得意なことはあまり自分だけでは手を出さずに機械に詳しい人間(たとえ自分より年下でも)に教えてもらって直した方が良いという教訓になった。本にも似たような内容が記載されていて驚いた。変なプライドは捨てたほうがいい。

本の内容で胸に強く響いたもう一か所はP186の日本の大学批判だ。僕は地方の私立大学を卒業したが、得られたのはまさに大卒の学歴だげで、得られた知識はほとんど活用できていない。とても共感できる考えであり、大学生活を無為に過ごしてしまった自分が何となく救われたような気がした。

この本を読み終えてみると不思議と自分の中の何かが変わっていくような気がしてくる。人生を変えるのに必要なのは、ノリとやる気なのだ。

小学生の時に僕をいじめていた奴の現在

僕は小学5年生の時にオカモトという同じクラスメートの男にいじめられていた。

ノートに落書きされたり私物を盗まれたり小突かれたり。

昼休み中の教室内で「おい、女子! いいもん見してやるよ!」と僕のパンツを無理やり脱がしてきた。下半身丸出しにされて恥ずかしさやら悔しさやらで泣いた覚えがある。

僕の家に押しかけ上がり込んで、マンガを数冊盗まれた事もある。

ランドセルに入れておいた親から貰った僕のお小遣いも抜き取られたこともある。

授業中に行なったテスト。終了後、回収された時に僕の答案用紙を抜き取って消しゴムで答案を消されて白紙状態で提出されてしまったこともある。

今にして思えば、教師やら親に相談すればよかったと思うのだが、いじめられっ子というものは、おとなしくて小心者が多い。僕がそういう性格だ。周りに助けを呼ぶことが出来ないのだ。

そのいじめっ子のオカモトは同じ中学校に進学したが違うクラスに配属されて彼からはいじめられることはなくなった。高校は別々になり完全に接触はなくなった。

今から10年ほど前の2008年前後、僕が25歳前後の時。何気なくテレビを観ていたら何といじめっ子のオカモトが出演していた。

とっさのことで録画もしておらず、番組名も失念してしまったが大体の内容は覚えている。

その番組は一般人の相談事をタレントが解決していく、というものでその回は若い女性の「私の彼氏が仕事もしないで家に引きこもってゲームばかりしている」という内容だった。彼氏を何とか立ち直らして社会復帰させたいらしい。

で「引きこもっている彼氏」が何と僕をいじめていたオカモトだった。

要するにオカモトは学校卒業後に社会人になったが、上手く世の中に適応できずに25歳当時にニートになっていた。僕は思わずテレビを観て噴き出してケタケタ笑ってしまった、不謹慎なことに。

いや、不謹慎じゃない。そいつは小学生の時に僕のマンガやお小遣いを盗んだり、パンツを無理やり脱がされて下半身を女子達に露出させた最低ないじめっ子なんだから。そんな奴がニートになってテレビ出演していたら誰だって大笑いするだろう。メシウマだよ、ザマーミロ、ウハハハハハだ。

番組ではオカモトが自室で黙々とpcオンラインゲームにいそしんでいる姿が映し出されていた。スタッフからの問いかけに彼は「仕事しているよりも、家でゲームしている方が楽しい」とボソボソとアホなことを喋っていた。

今冷静に考えてみると、オカモトの顔はモザイクなしでテレビの画面に映し出されていた。そういう境遇ならば普通はモザイクやら音声を加工されているものではないのだろうか。その辺のテレビ業界の事情はよく分からない。

いずれにせよ、仕事もせず家に引きこもってゲームばかりしている姿をモザイクなしに全国のお茶の間に提供しているのだから、オカモトも彼の親御さんも馬鹿としか言いようがない。いろいろな意味でその後の人生をどうするつもりだったのだろうか。

番組は、冒頭の女性(ニートのくせに恋人がいるのが解せないが)とオカモトが公園のような場所で話し合って徐々に社会復帰していこう、みたいな感じで締められていた。

そして2017年の夏、僕が近所のスーパーマーケットに立ち寄ったら、なんとオカモトを目撃した。テレビ出演から約10年後、お互い35歳になってしまった。オカモトは年下の男の子(小学生くらいか)と共に店内を物色していた。

で、そのオカモトだが、ブクブクに太っていた。腹が完全にシャツからはみ出ていて、顔はパンパンに膨れていた。それを見たとき、何となくだが「あいつ、働いていないな」と思ってしまった。

話しかけずに遠巻きに見ていただけだから正確なことは分からない。もしかしたら結婚していて親子で買い物中なのかもしれない。

しかしオカモトの容姿と体から発せられるオーラから、引き続きニート継続中かな、と僕は直観的に感じた。連れの男の子は兄弟の息子かなにかかもしれない。

小学生の時に僕をいじめていた奴の現在。どうやらニートになっていたようだ。優越感に浸るとともに、そんな奴にいじめられていたのかと思うと、何も抵抗できなかった自分自身が何か情けなくたってきた。

 

 

 

 

創作「お話出てこい」

小学校の給食時間に「お話出てこい」というラジオ童話が校内放送されていた。

4歳上の兄がそれに影響されて、自身で物語を創作して小学校への道すがら僕に聞かせてくれるようになった。

だが兄の話す物語は当時流行していたマンガやゲームからのパクリ寄せ集めだった。

それでも兄の創作「お話出てこい」はあまり退屈せず聞くことができた。登校中の何もない田舎道にも関わらず時間を有意義に過ごせた。兄よ、ありがとう。

その後兄が小学校卒業後は僕が創作「お話出てこい」を引き継ぎ、一緒に登校中の友人相手に好き勝手ベラベラ喋ることになった。当時の僕はけっこう喋った。

もっとも僕が話す内容もマンガやゲームからのパクリ寄せ集めであり、今思い返してみると赤面の極致にいたり、付き合ってくれた友人に遺憾の意を表明したいと同時に当時の小生を殴りつけたい衝動に駆られる。

くだらない内容だが、小学生当時は二人でゲラゲラ馬鹿笑いをしていた。

僕だけが一方的に話すのではなく聴衆参加型の擬似RPG のようなものだった。

 

僕「さあぁ、ぼうけんのはじまりだ。何そうびする?」

友人「黄金のほっかむり!!」

僕「ブッ!!(吹き出し音)」

全然関係ない通行人「何が『ブッ』だ!」

僕と友人「ハハハハハハハ」

 

僕「吹雪のつるぎを手に入れた! 吹雪の・・・つるっ、つるっ、つるぎ!! うわーツルツルすべるぞ!!~~」

 友人「ハハハハハハ」

 

僕「敵が攻撃してきた! 『ローリングボンバーストーン!!』」

友人「ダセェー!! ハハハハハハハ」

 

こうして書き起こしてみるといったい何が面白いのか意味不明なのだが、当時の僕にとっては大爆笑体験だったのだ。

 

 

 

お話出てこい

小学校の給食時間に「お話出てこい」という校内放送があった。

童話やおとぎ話を朗読するもので、録音されたカセットテープか何かで放送していたと思われる。

内容はあまり覚えていないが、opの「お話出てこい♪ お話出てこい♪ ドンドコドンドコ♪ 出てこい こい♪」のフレーズは今でも頭の中に入り込んでいる。

あの放送は一体なんだったのだろうか?

学校や教師から何の説明も告知も了解もなく、勝手に流されていたような気がする。

疑問に思いつつも給食の時間には、その日その時の気分によって適当に聞いたり聞き流したりしていた。他のクラスメートも同じだと思う。放送中でも隣人と平気でお喋りしている友人も多数いた。

そのまま小学校を卒業してからは気にも留めなくなってしまった。

そして2018年現在。ネット社会。ふと疑問に思った事柄は気軽にネットで検索すれば割と簡単に答えを探すことができる。

「お話でてこい」 ネットの情報によれば、これはNHKラジオ第二放送で何と今現在も放送中らしい。某動画サイトにも何個かアップされており、あの独特のOPテーマも実に20年以上の歳月を経て再び小生の鼓膜を振動させた。懐かしい響きと共に当時の旧友達を思い出すことに成功した。

ネットって便利だな、と唐突に妙に感心してしまった。