スズイチのブログ

失敗しても言い訳しない、なるべく

映画「チャイナタウン」を観た感想

1974年のアメリカ映画「チャイナタウン」を観た感想を書いていきます。

思ったよりも、この映画のストーリーはよく練られていた。観る前はもっと単純なストーリーかなと勝手に思っていたが、少なくとも僕の頭では少々難解な物語でした。

主演はジャック・ニコルソンで探偵業を営んでいる。探偵だから劇中で尾行やら隠し撮りやらをするのだが、ジャック・ニコルソンの異様な存在感と個性的なルックスでは絶対、尾行は無理だろうなと思いながら観ていました。隠し撮りしていてもばれるだろう。

最初はただ単に夫への浮気調査かなと思いきや、そんな単純なものではなく大きな陰謀、殺人事件に発展していきます。

要はダム建設に関する陰謀、町の水源に関する利権が絡んでいるが、僕はそういう政治関連の話題が苦手なのでいまいち理解しにくかった。

しかし、終盤付近で共演のフェイ・ダナウェイから明かされる驚愕の事実。

「私の娘よ」

「だますな」

「妹よ」「娘よ」「妹だし娘よ」

とぼけるな、フェイ・ダナウェイ、と思いながら観ていたが、真実は彼女の言葉そのままなのですよ。事件の黒幕が誰かというよりも、この「娘であり妹」の事実が僕の心に深く残った。

ある意味、「ME TOO」運動やセクハラ問題が話題の2018年現在にはタイムリーな映画ではないだろうか。

ラストシーンの車での逃亡、警察官の発砲、車のクラクションの鳴り響き。そして少女の叫び。それらをジャック・ニコルソンからの目線で撮影する演出。素人ながらこのラストの出来は完璧なのではと思った。

あと印象に残ったのは、中盤にニコルソンが蜜柑畑に潜入するがそこの農民たちに見つかり捕まって暴行を受けるのだが、農民の一人が、持っていた松葉杖でニコルソンをブッ叩こうとするが、仲間の農民に当ててしまうところです。

これは演出なのかアクシデントなのか。多分アクシデントなのだろうが、最初観た時は思わず爆笑してしまった。緊迫のシーンが台無しではないのか。しかも叩かれた農民もさりげなく小声で「ウッ!」と呻いているのも相乗効果を生んでいる。何だかそのシーンにハマってしまって何回も巻き戻してその度にケタケタ一人で笑ってしまった。

映画「チャイナタウン」 難解なストーリーです。観終わってもよく理解できない場合は考察サイトを探して内容を咀嚼すると良いでしょう。

独身の僕が「だんな デス・ノート」を読んでみた感想

「だんな デス・ノート」 宝島社 を読んでみた。

36歳の独身男性である僕がこの本を読む理由は単純に結婚生活とはどういうものか興味があったからだ。

そして読んで驚いた。この本には夫に対して不満を持つ妻たちの罵詈雑言に溢れている。

結婚生活の悪い部分だけを抽出されて不満点だけが書かれているので、独身の僕が読むと結婚生活への幻想が崩れてしまう。

この本に書かれている夫たちの所業を読んで思うのは、よくもまあ、そんな状態で結婚できたなぁ、ということ。人間的に未熟な奴がなぜ結婚できるのだろうか。

個人的には「すれ違うときに息止めるくらいなのに!」の記述は声を出して笑ってしまった。

基本的には主に浮気や不倫、家事や子育てをしない、暴力やモラハラなどの不満点が書かれている。しかし結局どの投稿事例も似たような悪口が多く、読んでいると少々飽きてくる。

この本は結婚する予定の、とくに男性お勧めだ。結婚生活は二つに一つ。我慢するか別れるか、だ。

そして僕にとってこの本は、独身でいることの、結婚しないでいることの、言い訳のような存在になってしまった。

 

 

 

僕の勤めている工場の現状 人手不足のため現存するメンバーによる残業ゴリ押し生産

僕は現在、自動車の部品を製造する工場に勤めている。

最近、残業時間が増えている。

日勤と夜勤の交代制なのだが、日勤は7:00-20:00.夜勤は20:00-7:00までとなっている。

世の中にはこれ以上の長時間勤務に就いているブルーカラーの工場作業員もいることだろうが、僕の肉体と精神はそろそろ限界にきている。

なぜ、こんな長時間労働をしなければならないのか。

それは、仕事の量そのものが多いのはもちろんのこと、それ以上に深刻なのは人手不足なのだ。

僕の勤めている工場は確実に人が減ってきており、慢性的に人手不足なのだ。

人手不足の理由は、単調で単純な、それでいて過酷な作業にみんな嫌気がして工場を去ってしまうからであり、さらに工場が山奥の辺鄙な場所に存在しており、とても通勤しにくい環境のため人材を募集しても人が来ない。

僕自身も、なぜこんな山奥にある工場を仕事場に選んでしまったのか、と今更ながら悔やんでいる。

募集しても人なんか集まらない。人なんか来ない。なので、現存しているメンバーでひたすら残業して生産数を増やすというゴリ押しが展開されている。

設備投資をして最新式の機械を導入して生産性を上げて欲しいところだが、会社にそんな予算はおそらくないだろう。ひたすら残業するしかないのだ。

 

 

 

15年飼っていた犬が死んだ。

4月某日。15年飼っていた犬が死んだ。老衰だった。

死ぬ1週間前からエサを食べなくなり寝たきりになった。そのまま昼夜を問わず、突発的に鳴き声を上げてるようになった。理由はよく分からないが、犬なりに体調の悪さを僕たち人間に訴えていたのだろう。

不思議なのはエサを全く食べなくても、犬はうんこをしていた。下痢状態でかすかに赤みを帯びていた。僕は獣医ではないから詳しい事は分からないが、あれは内蔵の一部が含まれていたのではないか。

もう長くない。覚悟はしていた。

4月某日の昼、午前11時50分ごろだろうか、玄関で寝たきりの犬が「クゥーン」と鳴き声を上げた。

僕は居間にいたのだが、いつもとは何となく違う調子の鳴き声であり、胸騒ぎを感じて慌てて玄関に向かった。僕の親父も駆け寄ってきた。

すると犬は2、3回呼吸をすると動かなくなってしまった。

そのまま死んでしまった。

幸運な点は犬の最後を僕と親父で看取ることが出来たこと。夜中に犬が人知れず死んでしまったらあまりに可哀そうであり、空しすぎる。犬は僕と父の前で眠るように死んでしまった。

次の日にペット専門の火葬車を自宅に呼んで、近くの河川敷で火葬してもらった。

約2時間後に父と共に納骨をした。顎や背骨など何となく原型を留めている部分や、尻尾の骨など係員が教えてくれないと気付かない部分もあった。最後に喉仏の骨を骨壺に入れて、納骨は終了した。

その後は玄関の片付けをした。犬のために新聞紙やマットを敷いていたのだが、もう必要ないので撤去した。玄関がスッキリしたが、何だか寂しい。

犬が元気な時は、休日は散歩を1時間あまりしていた。ちょっとした空き時間などは犬と戯れたりした。外へ出掛ける時や帰宅した時は犬に声を掛けたり撫でたりしたが、そういうことも出来なくなってしまった。

15年近く一緒に暮らしていて、犬との交流が完全に生活の一部になってしまっていた。この喪失感はしばらく癒えることはないだろう。

 

アジア系技能実習生 その4

僕は自動車部品工場で働いている。

そこでは4人のベトナム人技能実習生として働いている。

その中の一人が3月いっぱいで退社することになった。彼はまだ40歳半ばであり、僕にとっては晴天の霹靂だった。

その人は、日本の大学院を卒業して日本語を流暢に喋ることが出来て、技能実習生の中でもリーダー的な存在だった。

僕が今の職場に初めて配属された時に、手取り足取り仕事を教えてくれたのがそのベトナム人技能実習生だった。僕にとっては師匠と言っても良い存在だ。

最初のうちはよく怒られた。「動作が遅い」「なんで出来ない」「言わなきゃだめだ」「おまえ、ばか」などなど。挙句には「日本語、分かりますか」 僕の頭の回転の悪さを揶揄された言葉だが、外国人に言われると、けっこう屈辱的だ。

そしてよく言われたのが「頭、使ってください」 作業を効率よく、無駄のない行動をするよう頻繁に注意を受けた。

嫌なこともかなり言われたが、僕はこのベトナム人実習生に教わった事を必死に覚えて実践していった。

僕は自分なりに出来る範囲で、ひとつずつ、少しずつ仕事を覚えていった。

このベトナム人はとても手先が器用でトラブルが発生して機械がストップしても大抵自分で直していた。

それに常に頭を使いながら効率良く仕事するよう考えており、自分なりに作業をアレンジして色々な事を試行錯誤しながら仕事をしていた。

そんな優秀なベトナム人に、マニュアル人間指示待ち人間の僕は必死に付いていった。付いていくのがやっとだった。

そのベトナム人が3月いっぱいで退職するという。表向きの退職理由は「家庭の都合」

しかし退職する本当の理由は僕が考えるに、日本の労働環境が嫌になってしまったからだと思う。

僕の働いている工場は年明けからも非常に忙しく、一日中立ちっぱなしで、20時まで残業は当たり前、土曜出勤も当然存在するという拘束時間の長い労働環境だ。(どこの国のどの工場も似たようなものかもしれないが) それでいて給料はそれほど高いわけでもなく、なにより彼ら外国人技能実習生にはボーナスが支給されない。

世界的に見ても、日本の労働環境は「低賃金で長時間労働」は有名だ。それでいて景気はほぼ停滞している。日本にいても明るい未来は、見えてこない。

そんな状況にベトナム人は嫌気が差したんだと思う。そして日本を脱出して一旦ベトナムへ帰ってしまった。他にも3人、ベトナム人技能実習生がいるが、彼らはとりあえず日本に残留して工場で引き続き働いていくという。

優秀なベトナム人が退職することは工場としても痛手であり、僕としても今まで散々、世話になっただけに、寂しい限りだ。

彼からすれば、僕みたいな人間を見て「案外、日本人て、馬鹿だなぁ」と思うかもしれない。「日本人て自分で物事を考えないなぁ」「言われたことしかできないなぁ」

ベトナムからの実習生。本来は立場的に日本人が彼らに仕事を教えなければならないのに、少なくとも僕は逆に彼らに仕事を教えてもらった。彼らベトナム人に感謝すると共に、彼らを見習わなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

コンビニの可愛い女性店員に連絡先を渡してみた。

僕は自動車部品工場に勤めている。

そこは日勤と夜勤の交代制だ。一週間ごとに変更していく。

日勤の場合は昼食に弁当が支給されるが、夜勤の場合は自分で夜食を用意しなくてはいけない。

僕の場合は通勤途中のコンビニで買っていた。

そこのコンビニに可愛い女性店員が働いていた。

年齢は20代前半だろうか、愛想がとても良く、「こんばんわー」「ありがとうございます」と笑顔いっぱいであいさつされると、とても気持ちが良くなった。

工場の夜勤は肉体的にも精神的にも過酷な作業だ。眠くてかったるくて、何だか内蔵がおかしくなり、みんなが寝てる時に働いているので世間との疎外感をとても感じる。

そんな時にそのコンビニ店員と接することは、過酷な工場勤務、つまらない日常、刺激のない毎日のなかで、いつの間にやら数少ない僕の娯楽になっていた。

その子の笑顔を見ると、心が癒されて辛い夜勤も乗り越えられたような気がする。

通っているうちに判明したのは、彼女の出勤日は火、木、金曜日ということ。だから月、金曜は何だかつまらなかったり他のコンビニに行ったりしていた。

ただ、なかなか彼女と会話する機会は恵まれなかった。もともと僕は人と会話をするのが苦手であり、あくまで僕らはコンビニの店員と客という立場に過ぎないし、他の利用客もたくさんいる時間帯だったので声を掛けずらかったのだ。

彼女の存在を知って一か月くらい経って、なんとか話し掛けるタイミングを探している日々のなか、たまたま僕以外に他の客がいない日があった。別の店員は商品の仕入れをしており、彼女だけがレジにぽつんと立っていたのだ。

これはチャンスだ、と思いきって話し掛けてみることにした。でも何て声を掛ければいいんだろう。僕は商品をレジへと取り合えず持って行った。商品をレジ袋へ積めてくれている彼女をふとみてみるとその日はメガネを掛けていた。いつもは掛けていないのだ。

この事柄を会話のきっかけにしようと思い、僕は震える声で「メガネ、掛けるんですね」と思い切って話しかけてみた。すると彼女は「コンタクトレンズ、なくなっちゃったんです」とニコニコ笑顔で答えてくれた。続いて勢いで僕は「メガネ姿も可愛いですね」と褒めてみたら、彼女は「ありがとうございます」と喜んでくれた。彼女の顔は真っ赤になっていて明らかに照れていた。

その時はたったそれだけの会話だったが僕はとても嬉しかった。それからは「今日、寒いですね」とか「このパン、おいしいのかな」とか軽い世間話をしてくれるようになった。。

よおし、今度は連絡先を教えてもらおう、と思うようになった。

引き続き、連絡先交換を探るためにコンビニ通いを続けるようになった。

そしてついに先週の木曜日にその機会に恵まれた。

いつものようにそのコンビニに行ってみると、丁度、他の客は誰もいなくて、もう一人の店員は駐車場の清掃をしており、可愛い女性店員は一人店内のレジにぽつんと立っていた。

僕は事前に自分の氏名と連絡先が記載されている名刺を作成しておいた。いつものように夜食を買って帰り際に、思い切って「あの、これ僕の名刺です。まずはメル友になってくれませんか」と震える手で名刺を渡してみた。

するとその女性店員は屈託のない素晴らしい笑顔で「あ、もう全然・・・」と答えてくれた。

僕は一気に有頂天になって「連絡待ってます」と思いを込めてコンビニを後にして仕事場へと向かった。

その日は工場の夜勤だったが、勤務中、僕の顔のニヤニヤが止まらなかった。どうしても顔がニタニタしてしまうのだ。周りの同僚からは気味悪がられていたことだろう。何しろ一人でいつまでもニンマリしているのだから。でもいいんだ、これから僕にとって新しい出会いが始まるのだから。

仕事の最中は色々な妄想をしてしまった。初デートはどこでしようか。彼女の住まいの近くでするべきか、駅周辺はどうか。何を話そうか。ゴールデンウィークはどこへ行こうか。会話のシュミレーションを一人でぶつぶつ唱えていた。

で、休憩時間になったら、さっそく携帯電話をチェックだ。可愛い女性店員から連絡は来ているかな、てな感じ。

でも「新着Eメールはありません」だった。その時は夜勤だったから、休憩時間とはいえ実際には深夜だから、朝になれば届くだろう、と思っていた。

そして勤務終了。早朝、ケータイをチェックするが「新着Eメールはありません」 会社から帰宅して朝食を食べて風呂に入った後、ケータイをチェックしても「新着Eメールはありません」 寝て、一旦昼過ぎに起きてケータイをチェックしてみるが「新着Eメールはありません」

ひょっとしてケータイが壊れてしまったのかな、とその時は本気で思った。メールを受信できなくなってしまったのかな、と。あるいは渡した名刺の連絡先が間違って記載されているのかな、と。

とりあえず休日になれば届くのかなと、土曜、日曜とそれとなくケータイをチェックしていたが、ついにメールは僕のケータイに受信されることはなかった。

・・・いや、ショックだったよ。メールが届かない。じゃあ、あの女子店員の素晴らしい笑顔はなんだったんだ。まぁ、「なんだったんだ」って、ただの社交辞令だったんだろうけど。

「女性店員からメールが届かない」と認識してからは、何か悶々とした日々を送った。居ても立っても居られない、というか、気が付いたらぼーと虚空を見つめているというか、とにかくおかしな精神状態だった。

時折、僕の中の悪魔が、コンビニに乗り込んでいって「何で連絡をくれないんだ、バカ!」と怒鳴りつけてやれ、と囁いてきたが、ぎりぎりで阻止した。とにかくおかしな精神状態だった。

名刺を渡して以来、あのコンビニには行っていないし、今後も行くことはないだろう。あの可愛い女性店員の気持ちを汲んだ結果だ。語らずとも察してやれ、だ。ささやかな夢を見せてくれてありがとう。さようなら。

 

 

 

 

 

老犬の無駄吠え

僕は犬を飼っている。

柴犬の雄で2002年頃に飼い始めた。現在の年齢は人間に例えると80歳ぐらいになるらしい。

その犬が、今年の初めぐらいから後ろ足の筋肉が衰えて歩行が困難になった。栄養が届かなくなって足が細くなってしまった。元気な頃は1時間近く散歩に行っていたが、今は近くの公園でフラフラヨタヨタと彷徨う程度になってしまった。

犬は歩く時も真っ直ぐ歩くことはできずに、反時計周りにぐるぐる回ってしまう。

そして2月頃から自力で立ち上がることすら困難になり、無駄吠えが始まった。

寝っ転がりながら足をパタパタさせクンクン、キャンキャン、と悲鳴をあげてしまう。時にはギャーンと絶叫することがある。起き上がらせてあげてもすぐバランスを崩して寝っ転がってしまう。そして再び悲鳴をあげ始める。

犬が静かになるのは寝てる時とエサを食べる時。目覚めると再び叫び始める。夜中でもお構いなしだ。

鳴き始めたら、取り合えず起こして家の周りや近くの公園で散歩させる。後ろ足が不自由だからすぐ転倒してしまうがすかさず何度も起こしてあげる。とにかく犬の気が済むまで散歩させる。

無駄吠えの原因はよく分からんが、きっと犬なりに不自由な自らの体にストレスを感じているのだろう。目覚めている時は昼夜問わず無駄吠えをするようになってしまった。時にはうんこや小便を垂れ流すこともある。

それらに対応する僕や父は精神的にとても疲弊してしまった。 気の休まる時がない。夜中でもおかまいなしに犬は吠える。僕ら人間は寝不足になる。

ネットで調べてみると老犬の夜中の無駄吠えを抑えるためには「昼間に寝かせないこと」とあるが、僕の父は定年退職こそしているが、室外で飼っていることもあり、さすがに犬のそばにずっと一緒に付いてやることは出来ないため、この対応は不可能だ。

老犬の無駄吠えが始まって以来、僕と父はあまり遠出がしずらくなった。いつ吠えだすかわからないし近隣住民への迷惑になる。生活パターンがすっかり変わってしまった。こまったものだ。