引っ越し業者の作業着に胸ポケットが沢山付いている理由

今から約10年前、の24、5歳の頃は日雇い派遣の仕事をしていた。

フルキャストやキャリアロード、今はなきグッドウィルなどの人材派遣会社に身分を登録して派遣先の一日限りの仕事場へと赴くのだ。

色々な職場を経験したが体力的に一番きつかったのが引っ越しの現場だ。

一般家庭の引っ越し業務。正社員と合わせて3、4人のチームで行う。荷物を家庭から何度も何度も何度も何度も往復してトラックに積んでいく。積み終わったらトラックに乗り込み、引っ越し先に移動して、再び何度も何度も何度も何度も往復して積み荷を降ろしていく。

運ぶ物は机やテレビ、冷蔵庫やソファー。廊下や階段や玄関の幅が狭い家庭も多く、傷つけないように慎重に運び出す。重いうえにとても神経を使う。泣きたくなる。

現場がマンションやアパートでは、引っ越し業者によっては「階段走り」を正社員から要求される。階段では走らされて荷物の受け渡しを支持されるのだ。

引っ越し業務は腕力はもちろん、それ以上に脚力が必要となる。そして効率良く荷物を運び入れるための頭の要領の良さ。

頭の回転が悪くて非力で体力のない僕はとても苦労した。腕よりも足にダメージを受ける。仕事終わりには足が痛くて自転車をうまく漕げないぐらいだ。

そんなある日、一般家庭の現場でキャスター付きの机を一人で運んでいる時に、僕の不注意でキャスターを壊してしまった。根本付近でポキリと折れてしまったのだ。

お客さんである家主にはまだばれていない。とりあえず同じ現場で作業中の正社員の方に恐る恐る報告をしたら、「バカ。早く隠せ。胸ポケットに入れろ」と家主に見つからないように小声で捲くし立てられた。

作業中は引っ越し屋から作業着を借りている。その作業着、よく見てみると不思議とやたらポケットが付いている。上着だけで左右合わせて六ケ所ぐらいあった。正社員は、その中に隠せという言うのだ。てっきり正社員及び家主から怒られると思っていた僕は、若干拍子抜けして言われるがまま、家主に見つからないように折れたキャスターをそっと胸ポケットへ隠した。

引っ越し完了後、クタクタに疲れた帰り道の車中で正社員が教えてくれた。「作業着にこんな沢山ポケットが付いているのは何のためだと思う? 少しは考えろ。これからはすぐに隠せ」

後日、別の引っ越し会社へ派遣された。その会社の作業着も不自然にやたら上着にポケットが取り付けられていた。引っ越し屋にはお客の荷物を壊した場合のクレーム対応が共通して存在しているらしい。不謹慎だけど、引っ越し屋の作業着のデザインを考えた奴はなかな頭の良い奴だなと僕は思った。