僕にとって、大学進学は意味がなかった。

高校卒業後に地方の私立大学に進学した。専攻学部は「国際経済学部」でした。

親元の実家を離れての賃貸アパート一人暮らし。家賃や生活費などは親からの仕送りがあったので、基本的には生活に困ることはなかった。学費も親が出してくれた。

そんな至れり尽くせりの状況の中、無事4年間で大学を卒業する事ができた。

で、卒業してから思ったのだが、いや、正確には在学中に薄々思っていたことだが、「大学って、あまり意味がない」と気が付いてしまった。

やっぱり大学には目標を持って行くべきだと思う。

将来、どういう職業に就きたいのか。

そのためにはこの大学のこういう勉強が必要だ。

という感じで、将来の職業を見据えて、そこから逆算して大学への進学を決めるべきだと思う。

しかし当時の僕、そして大学進学を強く勧めた親父は結局、大学というものはどういうモノなのか、何のために存在しているのか、分かっていなかった。

ただ、大学を卒業すれば良い企業に就職出来るだろう、と何となく考えていた。

実際に進学してみた印象は、大学といっても特別な事を学習できるわけではなく(少なくとも僕が行っていた大学は)中学、高校の延長線上、もしくはだぶる内容の授業内容だった。

地元を離れての進学だったので知り合いなどおらず、個人単位で教室を移動して授業を受けていくので知り合いが出来にくい環境で、誰とも会話せず大学と賃貸アパートとの往復で一日が終わることもざらだった。

僕自身もやりたい職業があるわけでも見つけるわけでもなく、ただ漫然と大学生活を過ごした。

そんな状況では案の定、就職活動は上手くいかなかった。どこでもいいからとりあえず内定をもらえればいいや、という考えだったので、そういう気持ちも企業から見透かされていたことだと思う。なかなか内定を貰うこともできず、結局地元の新聞紙に記載されている求人票へ電話をしてみて、就職先が決まった。

その時点で完全に大学に行った意味はなくなってしまったように思う。何故なら新聞に掲載されている求人に応募したわけであり、応募資格も大卒等などの条件は必要なかったわけだから。

大学進学の経験を生かせなかったのは、もちろん僕の能力不足が一番の理由だろう。ただ当時の僕や大学進学を強くすすめた親父はある意味、世間から「洗脳」されていた事も事実だと思う。

世の中の風潮の「良い大学を卒業して良い企業に就職する」という考えに僕と親父も囚われていた。

考えてみれば「良い企業」って何なんだ、ということになる。給料が高い、ということなのか、残業が少なく休日が多い、ということなのか。その辺を曖昧にして特に深く考えず、何のために進学するのかも深く考えずに、大学に行ってしまった。

自分のことを卑屈に考えるわけではないが、僕自身は性格的にもおとなしく、他人と喋るのが苦手なので、人並みに出来る仕事は、ブルーカラーの、工場の単純作業しか出来ないと思う。つまりわざわざ大学に行く必要もないわけだ。高校在学中はそういう自己分析などせずに何も考えずに毎日を過ごしていた。

私立の大学だったので学費もそれなりに掛かったことだと思う。一人暮らし用の賃貸アパートの家賃や生活費も親から出費してもらった。それは申し訳なく思うし、今現在、その金が手元にあったらなと下世話な妄想をすることもある。

僕にとって大学生活とはなんだったのか。いまだに意味を見出せない。

人によっては、もし学生時代に戻れるならもっと勉強して良い企業に就職したい、と想像する時もあるだろう。僕は思わない。僕は自分の能力や才能を見限ってしまった。高校卒業後は高望みせずに新聞やハローワークに掲載されている企業に就職するべきだったと思っている。僕にとって大学は意味がないのだ。