スズイチのブログ

世間から無視された人へ

組体操の思い出

国連の「こども権利条約」委員会が日本の組体操の危険性を審査するらしい。

『極めて危険で重大な事故も起きているのに子供を守る方策を講じていない』

 

小学6年生の時、運動会の行事で組体操をやりました。

運動が苦手な僕は組体操のみならず、人前で注目されてやらなければならない運動会そのものが嫌でした。

嫌、とは思うものの、学校の行事なのでやらなくてはなりません。拒否する選択肢はありません。

 

僕の小学校では組体操は男子だけでやった記憶があります。人間ピラミッドや相手の腿に足を乗せて手をまっすぐ横に広げるポーズ、大人数でお互い汗まみれの男同士、肩を組んで上半身くねくねタイミング動かす波の動き、そして人間タワー、などでした。

 

やることに何の意味があるかのかはよくわかりません。

どうやら、運動会や組体操というのは小学校で代々受け継がれているから、やらなくてはいけない行事のようです。

確か、組体操は「地球誕生」のコンセプトで行われた記憶があります。演者である生徒達の動きのイメージは水とか火とか火山のイメージなのです。映画「ジュラシックパーク」が話題になった時で、あの映画のメインテーマをBGMで使用していました。やたら仰々しいわけです。

ぶっつけ本番ではなく、10数回練習をしました。まずは教室内、慣れてきたら校庭で本番さながらに。

組体操のフィナーレは5段タワーでした。見るからに危なそうです。もし崩れたら怪我をするのは必至。命がけのパフォーマンスです。

その5段タワーには僕は加わりませんでした。僕はメインを引き立てるサブ。メインキャスト達がタワーを組み立てている間は、僕は倒立(逆立ち)をしていました。

 校庭のセンターに人間5段タワー。その周辺を彩る様々な人間オブジェ。その中の一つが僕による倒立です。

しかし僕はとても運動が苦手です。体も華奢で体力もありません。世の中には、倒立なんて簡単だ、何十分でも続けて出来るよ、なんて言う人もいるでしょう。しかし僕にとってみれば倒立というものは、それこそ天地がひっくり変えるほどの所作なのです。

 

もっともその倒立は僕一人でやるわけではなく、同級生のOくんにずっと足を掴んでもらう、というものでした。メインキャストの学生達が人間5段タワーを組み立てている間、ずっと足を掴んでもらいながら僕は倒立をし続けなければならない、というわけです。不安でいっぱいでした。

 

組体操練習初日。6年生の男子生徒全員が体育館へ集合しました。総勢100名ぐらいでしょうか。先生から組体操の進行の流れ、動き等の説明を受けて、実際に本番さながらの練習を各自、各エリアでこなしていきました。

そして僕の苦手な倒立の練習です。しかし恐怖のあまり体が強張って足が少ししか上がりません。床に対して30°ぐらいしか上がらないのです。倒立なのだから床に対して体を垂直にしなくてはいけません。

煮え切らない足踏み状態。らちが明かないのでOくんが支えてくれることを信じて思い切り床を踏ん張って体を逆さにしました。そして床に対して体が垂直の状態になりました。

しかし次の瞬間、僕の体はそのままの勢いで床に叩きつけられてしまいました。一瞬、何がおきたのかよくわかりませんでした。

僕の体を支えてくれるはずのOくん。僕が倒立をした瞬間、どこか、よそ見をしていたそうです。それで僕の体を掴み損ねたわけです。

要は、僕は思いっきり床に対して踏ん張って逆立ちをして、そのまんまの勢いで向こう側に倒れてしまったわけです。

体育館の床に対して、まるで分度器みたいな体の軌跡を描いてしまったわけです。

傍から見ていた同級生たちは「あいつ、何やってんだ」と思われたことでしょう。「一人で逆立ちして、そのまま倒れ込んだぜ」

このアクシデントで踵を強打してしまいました。背中も打って一瞬、息が止まりました。しかし幸いなことに大した怪我ではなく、しばらく休憩した後、練習を続けました。

その後、何度か、練習を重ねて、いよいよ運動会当日を迎えました。

本番ではあまり緊張することもなければアクシデントも発生しませんでした。

そして倒立も失敗せず態勢を維持し続けることが出来ました。しかし練習とは違い、本番は砂利の運動場なので手に小石が食い込んで痛かったです。

あくまでメインは5段タワー。僕の倒立は脇役、引き立て役に過ぎません。タワーを組み立てている間、僕は倒立をし続けなければなりません。

さらに僕はタワーに対して背を向けた状態で逆立ちをしているのでタワー組み立ての様子がさっぱりわかりません。聴衆の反応、拍手などで推測するわけです。

頭に血が上り、ジンジンしてきたころ、突然の万雷の拍手。どうやら人間5段タワーの完成のようだ。終わったのだ。僕はパートナーのOくんの助けを借りて足を地面に降ろしました。組体操が終わった瞬間です。

後日、廊下に運動会の様子が撮られた写真が沢山張り出されました。直接、見ることが叶わなかった人間タワーもその写真で確認することができました。さらに、その脇にピンと体を伸ばしながら逆立ちしている僕の姿も確認することができました。何だか、とても必死さが伝わるような写真でした。

 

国連の指摘、世論、風潮の変化の結果、将来的には、学校の組体操は消滅するかもしれない。

寂しい気もするが、組体操は時代に合わないのかもしれない。辞めるべきなのかもしれない。